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〒862-0945 熊本市東区画図町下無田1662-1

熊本の伯耆流

【なぜ、熊本に?】
 現在伝わる伯耆流居合は、熊本藩の星野家に伝承されていたものです。伯耆流が熊本に伝わったのは、
片山伯耆守久安の弟子であった浅見一無斎と熊本藩主・細川忠興の関係にあったようです。忠興は藩が
奨励する武術のひとつに「伯耆流居合」を加えています。忠興はまた、居合に適した実践的な刀装とし
て「肥後拵え」を考案したことでも知られています。

【星野家と伯耆流】
 熊本藩士・星野角右衛門は浅見一無斎によって伝えられた伯耆流居合の皆伝を受け、そのほかにも四
天流組討(柔術)、揚心流薙刀術など三芸の指南役をするほどの人物でしたが、思うところあって安永
5年(1776)、防州岩国に赴き、片山家四代目の片山利介久義に面会し短期間ではあったが、片山伯耆
流の指導を受け、流儀一切の筋を通して帰藩しました。ここに岩国の片山伯耆流と、熊本・星野家との
縁が結ばれたのです。

 星野家では伯耆流の初代を「片山伯耆守久安」とし、久安の次男・「片山伯耆守久隆」を二代目、片
山家では四代目にあたる「片山利介久義」を三代目に位置付けしており、「星野角右衛門」自身は四代
目ということになっています。角右衛門は高弟の「関郡馬経貴」(星野家・五代目)に、関郡馬は「星
野龍介実寿」(星野家・七代目)に皆伝しました。

 しかし、伯耆流居合に疑問を感じた星野龍介は文化元年(1804)、岩国に赴き、片山家六代目の「片
山友猪之介久俊」に入門。その後、熊本に帰藩した龍介は、「星野四郎左衛門実直」(星野家・八代目)
に皆伝。
 四郎左衛門は、「星野九門実則」(星野家・十代目)に皆伝し、伯耆流居合は肥後の地に脈々と継承
されていったのです。

 星野九門は父、四郎左衛門(如雲)から家伝の伯耆流居合、揚心流薙刀術、四天流組討(柔術)を学び、
29歳で三芸皆伝しています。彼もまた岩国に留学し、片山家七代目の「片山本蔵久寿」から片山伯耆流を
学びました。
 大正5年、九門73歳で死去。九門の息、「星野龍太実重」が星野家・十一代目を継承します。

                     ※  ※  ※

 昭和31年、全日本居合道連盟で制定刀法が決められたとき、伯耆流からも業が採用されました。(連盟
居合・5本目:切っ先返し)
 昭和55年、さらに伯耆流居合の業が追加。(制定居合・9本目:添手突き)


【そして現在】
 当・木村道場の初代道場主である「木村三蔵」先生は、星野家・十代目「星野九門」先生、そして十一代
目「星野龍太」先生より直接、伯耆流居合の指導を受けられました。
 星野家・十二代目の「星野宣俊(故人)」氏は熊本を離れましたが、木村三蔵先生らによって伯耆流居合
は継承され、熊本の地に残ったのです。

 現在は二代目道場主、「木村守博」先生を中心に「熊本・伯耆流居合」の伝承が守り続けられています。





伯耆流 木村道場

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